み、へつらひ寄る、人情紙の如き世中《よのなか》に何の忠義、何の孝行かある。今に見よ。その肝玉を踏み潰し、吠面《ほえづら》かゝし呉れむと意気込みて、いよ/\腕を磨きければ二十一歳の冬に入りて指南役甲賀昧心斎より柳生流の皆伝を受くるに到りぬ。
此時、われに縁談あり。藩内二百石の馬廻り某氏《なにがしうぢ》の娘御《むすめご》にしてお奈美殿となん呼べる今年十六の女性なりしが、御家老の家柄にして屈指の大身なる藤倉大和殿夫婦を仲人に立て、娘御の両親も承知の旨答へ来りし体《てい》、何とやらむ先方より話を進め来りし気はひなり。
われ何となく心危ぶみて、自身に藤倉大和殿御夫婦を訪《おとな》ひ、お奈美殿は藩内随一の御|綺倆《きりやう》とこそ承れ。いまだ一度の御見合ひを遂げざるに御本人の御心|如何《いかゞ》あらむ。相手の婿がねが某《それがし》なる事、屹度、御承知に相違御座なきやと尋ねし処、藤倉殿申さるゝ様。奈美女殿の母親は当家より出でたるものにて、奈美女と、われ等夫婦とは再従妹《またいとこ》の間柄に当れり。何条《なんでう》粗略なる事致すべき。殊に奈美女は孝心深き娘なり。両親さへ承知すれば何の違背かあるべき
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