が心の行末を知らず。両親に疎まれ、他人にあなづられて、心の僻《ひが》み愈々|増《まさ》り募《つの》るのみなりしが、たゞ学問と、武芸の道のみは人並外れて出精し、藩内の若侍にして、わが右に出づる者無し。もとより柔弱なる兄等二人の及ぶ処に非ず。一年《ひとゝせ》、御城内の武道試合に十人を抜きて、君侯の御佩刀《みはかせ》、直江志津《なほえしづ》の大小を拝領し、鬼三郎の名いよ/\藩内に振ひ輝きぬ。
さる程に此事を伝へ聞きし人々、おのづから、われに諛《へつら》ひ寄り来るさへをかしきに、程なく藩の月番家老よりお召出《めしだし》あり。武芸学問、出精抜群の段御賞美あり。年頃ともならば別地を知行し賜はるべし。永く忠勤を抽《ぬき》ん出《づ》可き御沙汰を賜はりしこそ笑止なりしか。
もとより、われは一握り程の碌米《ろくまい》の為に、忠勤を抽出《ぬきんで》んとて武芸、学問を出精せるに非ず。半面鬼相にもあれ、何にもあれ。美しき女を数多《あまた》侍らせ、金殿玉楼に栄燿の夢を見つくさむ事、偏《ひと》へにわが学問と武芸にこそよれ。容貌《おもて》、醜しとあれば疎み遠ざかり、あざみ笑ひ、少しの手柄あれば俄かに慈《いつく》し
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