なる縁故《えにし》に当る人ぞと畳みかけて問ひ掛くるに、その時、お奈美殿の落付きやう尋常ならず。そのお話は後より申上ぐべし。まづ/\此の死骸を片付くるこそ肝要ならめ。参詣の人々の眼に止まりなば悪《あ》しかりなむ。こや/\馬十よ/\。お客様に水参ゐらせぬか。荒縄持ちて来らずやと手をたゝくに、最前の逞ましき寺男、勝手口より落付払ひて、のそ/\と入り来り、改めてわれに一礼し、柄杓《ひしやく》の水を茶碗に取りてわれにすゝめ、和尚の死骸を情容赦もなくクル/\と菰《こも》に包み、荒縄に引つくゝりて土間へ卸しつ。さて血潮にまみれたる障子と板の間を引き剥がし、裏口を流るゝ谷川へ片端《かたはし》より投込む体《てい》、事も無げなる其面《そのおも》もち。白痴か狂人かと疑はれ、無気味にも亦恐ろしゝ。
かゝる間に若衆姿の奈美殿は、方丈の方《かた》の寝床を片付けて、われを伴ひ入り、かぐはしき新茶をすゝめつゝ語るやう。さるにても御身の唐津を立|退《の》き給ひし時、申すも恥かしき吾が不躾《ぶしつけ》、御咎めも無く、わが心根を察し賜はりて、継母と仲人への怨《うらみ》を晴らし賜はりし男らしき御仕打ち、今更に勿体なく有難く、これをしも恋心とや云ふらん。恐ろしかりし鬼三郎ぬしの御顔ばせ夜毎、日毎に頼もしく神々しく、面影に立ち優り侍《はべ》り。
さは去りながら其折の藩内の騒動は一方ならず。御身の御両親も、わが父君も家道不取締の廉《かど》を以て程なく家碌を召し放され給ひつ。そが中に御身の御両親、御兄弟の御行末は如何《いかゞ》ありけむ。わが身は父上と共に家財を売代《うりしろ》なし、親子の巡礼の姿となりて四国路さして行く程もなく、此の山中に迷ひ入り、此の寺に一夜の宿を借り候ひぬ。
去る程に此寺の住持なりし彼《か》の和尚は、もと高野山より出でたる真言の祈祷師にて御朱印船に乗りて呂宋《ルソン》に渡り、彼《かの》地にて切支丹の秘法を学び、日本に帰りて此の廃寺を起し、自ら住持となりし万豪|阿闍梨《あじやり》と申す者に侍《はべ》り。先程より察し給へる如く、世にも恐ろしき悪僧にして、山々の尾根/\を駈けめぐる事、わが庭内の如く、火打鉄砲にて峠々の旅人を脅やかし殺し、奪ひ取りし金銀財宝を本堂の床下に積み蓄へ、女と見れば切支丹秘法の魔薬にかけて伴ひ来り、有無を云はさず意に従へ、共々に快楽に耽《ふけ》り、やがて又、新しき女性を
前へ
次へ
全30ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング