来五百年に亘って生れかわり死にかわりした代々の能楽師が、現在の能を完成するために費した底知れぬ苦心研鑽の努力は、今や漸《ようや》く酬いられむとしつつある。
私は無学な、お国自慢の一能楽ファンである。だから斯様に日本の芸術……特に能楽価値を認めて、日本人に指示してくれる外人諸氏に対して一も二もなく感謝の頭を下げるものである。
けれども、それと同時に、次のような放言をする事を許してもらいたい。
有《あ》り体《てい》に云うと前述の錦絵は日本所産の芸術作品の中でもかなりに俗受け専門の低級浅薄なものであるが、それでもその中に含まれている画家と、彫刻師と、印刷者の苦心は、外国一流の芸術家たちを刺戟して、新生面を打開させるだけの偉大深刻な尖鋭さをもっている。
だから、純乎たる芸術価値のみを目標として、五百年の長い間俗家に媚《こ》びず……換言すれば興行本位、金銭本位とせずに、代を重ねた名人達の手によって、洗練に洗練しつくされて来た能の表現の尖鋭さ、芸術的白熱度の高さは、到底錦絵の比でない事を、局外者と雖《いえど》も容易に想像し得るであろう……と。
能ぎらい
日本には「能ぎらい」
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