袴《はかま》を穿《は》いたり、キチガイの乞食女が宮女と同様のキモノを着ていたり、そうかと思うと大昔の軍人と、中昔の軍人とが同じ扮装であったりするので、話だけ聞くと嘘のようであるが、それでいて表現能率は充分に上って行く。否。史実なぞによって扮装を凝《こ》らす芝居なぞよりも遥かに舞台効果が大きいのである。
 こうした現象は、やはり扮装の能的単純化から来たものである。すなわち昔は、その役々によって色々の扮装をしたものが、舞台効果を主として洗練されて行くうちに、次第に単純化され共通化されてしまったもので、現在でも、そうした方向にドシドシ進化しつつある。譬《たと》えば大昔の軍人と中昔の軍人と、又は身分の高い狂女と低い狂女とを区別するために、写実的な服装を着せたとすると、仮面という非現実なものの表現とは全然照応しない事になる。服装が写実的ならば、顔も写実的に化粧でも塗って、それらしくメーキアップしなければならぬので、そうなると又パノラマ式の背景がなければならず、演者の挙動や言葉も写実式に行かなければウツラなくなる。すなわち、芝居になってしまって、「舞う」という事が不可能になり、「能」の本領を喪う事
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