ところがそんな能ぎらいの人々の中の百人に一人か、千人に一人かが、どうかした因縁で、少しばかりの舞いか、謡いか、囃子かを習ったとする。そうすると不思議な現象が起る。
その人は今まで攻撃していた「能楽」の面白くない処が何とも言えず面白くなる。よくてたまらず、有難くてたまらないようになる。あの単調な謡いの節の一つ一つに言い知れぬ芸術的の魅力を含んでいる事がわかる。あのノロノロした張り合いのないように見えた舞いの手ぶりが非常な変化のスピードを持ち、深長な表現作用をあらわすものであると同時に、心の奥底にある表現欲をたまらなくそそる作用を持っている事が理解されて来る。どうしてこのよさが解らないだろうと思いながら、誰にでも謡って聞かせたくなる。処構わず舞って見せたくなる。万障繰り合わせて能を見に行きたくなる。
今まで見た実例によると、能ぎらいの度が強ければ強いほど、能好きになってからの熱度も高いようで、その変化の烈しさは実例を見なければトテモ信ぜられない。実に澄ましたものである。
しかし、そんな能好きの人々に何故そんなに「能」が有難いのか、「謡曲」が愉快なのかと訊いてみても、満足な返事の
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