こうというのであった。その温泉は何に利《き》くのか知らないが、いろんな贅沢な設備をしたホテルや、待合兼業みたようなステキな宿屋がいくつもあると伊奈子は云ったが、そこで第一等という何とかホテルの大玄関に自動車で乗りつけて、特等室附属の浴場に案内された時には、私も生れて初めてなので一寸《ちょっと》眼を丸くした。
高い天井のステインドグラスから落ちて来る光線が、青ずんだ湯の底の底まで透きとおして、見事に彫刻した白大理石の浴槽から音も立てずに溢れ出していた。その中に私が先に走り込んで掻きまわすと、その光りが五色の鳥だの金銀の魚《うお》だのが入り乱れたように散らばって、その上から一面にモウモウと湧き立つ湯気のために、四方を鏡で張り詰めた室《へや》の中が薄暗くなってしまった。
私は、その湯の中にフンワリと身体《からだ》を浮かして、いい心持ちにあたたまり初めた。その間に、のぼせ性の彼女は何度も何度も湯から出たり這入ったりしていたが、間もなく浴槽の外で男のように突立って、肉付きのいい身体をキュッキュッと洗いながら、突然にこんな事を云い出した。
「叔父さんは自分が死ぬまで、あなたに相場をやらせない……財産も譲らないって云っててよ……」
「当り前だ……」
と私は面倒臭そうに答えた。少々睡くなりかけたところを邪魔されたので……。
「……死んだってくれやしないよ……」
「そうじゃないわよ。あなたは正直で、頭がよくて……」
「馬鹿にするな……」
「いいえ。まったくよ……俺よりも仕事が冴《さ》えている上に、今の財産は愛太郎のお蔭で出来たようなもんだから、跡を継がせるのは当り前だって……」
「……ウーン……そんなら早くくれりゃあいいのに……」
「……だけどね……まだ頭の固まらないうちに株だの、お金だのを持たせると慾がさして、株だのお米だのの上り下りがわからなくなるから、まだなかなか譲れない。俺も昔はかなり頭がよかったんだけど、あまり早くから慾にかかったせいかして、肝玉《きもたま》が小さくなって相場が当らなくなったんだ。それを助けてくれたのが貴方なんですって……」
「それあ本当だ。叔父の正直なところだろうよ」
「……でしょう。だから叔父さんは、あなたに感謝しててよ。あなたを電話の神様だって云っててよ」
「おだてちゃいけない……」
と私は投げ出すように云った。浴槽のふちに頭を載せて、手足を海
前へ
次へ
全35ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング