月《くらげ》のように漂わそうとこころみながら……。そうすると彼女はチョットそこらを見廻しながら、その私の頭のすぐ横に、青白い、大きな曲線美を持って来て、これ見よがしに腰をかけた。恰《あだか》もその肉体の魅力で私を脅迫するかのように、真珠色に濡れた乳をゆらめかせながら、私の顔をニッコリと覗き込んだ。声を低くして囁いた。
「おだてるのじゃないわよ。……あなた考えなくちゃ駄目よ。……ネ……叔父さんはこの頃、あなたを養子にする事にきめたのよ。そうして自分の財産を全部譲るっていう遺言状を昨日《きのう》書いてよ。今頃はもう公証人がどうかしているでしょう」
「フーン僕に呉《く》れるって……」
と私は平気な声で云った。そのウラに隠されている彼女の手管《てくだ》を見透かしながら……。
「そうよ……」
と云いながら彼女は大きな眼で今一度そこいらを見まわした。気味悪く笑いながら前よりも一層低い声で云った。
「だけど、その遺言状を書かしたのは妾《わたし》よ」
「……………」
「わかって?……」
「……よけいな事を……」
私は思わず噛んで吐き出すようにこう云った。そうして、その私の横頬を急に唇を噛んだまま睨み付けている彼女の視線をハッキリと感じながら、私は静かに眼を閉じた。
湯気が一しきり濛々《もうもう》と湧き出した。その中に彼女はヒッソリとうなだれたまま、何かしらしきりに考えているようであったが、やがて深い、弱々しいため息を一つすると又口を利き出した。甘えるような……投げ出すような口調で……。
「……あなたって人は……ほんとに仕様《しよう》のない人ね」
「……ウーン……どうせヤクザモノさ」
「だけど……」
「何だい……」
私は追いかけるようにこう云いながら心もち冷笑を含んで彼女を見上げた。その私の視線を彼女はチラリと流し眼に見返したが、やがてウッスリと眼を伏せると、独りでつぶやくように唇を動かした。
「叔父さんはね……もうじき死んでよ」
「フーン……どうして?……」
と、私は一層冷笑したい気持ちになって、彼女を見上げ見下した。こんな女にも何かしら直覚力があるのかと思って……。しかしその視線を横眼でジッと見返した彼女の全身には、私の冷笑と闘うべく、あらん限りの妖艶さが一時に夕栄《ゆうば》えのように燃え上って来たかのように見えた。彼女の頬は生娘《きむすめ》のような真剣さのために火の
前へ
次へ
全35ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング