柄じゃ、むろんないんだ。尤《もっと》も若いうちは不良の文学青年でバイロンの「海の詩」なんかを女学生に暗誦《あんしょう》して聞かせたりなんかして得意になっていたもんだがね。しかしそれから後《のち》、永年荒っぽい海上生活を続けて来たお蔭で性根《しょうね》が丸で変ってしまった。身体《からだ》こそこんなに貧弱な野郎だが、兇状持揃《きょうじょうもちぞろ》いの機関室でも、相当押え付けるだけの腕《うで》ッ節《ぷし》と度胸だけは口幅《くちはば》ったいが持っているつもりだ。現に船員連中《ふねじゅう》から地獄の親方と呼ばれている位だ。……けども、その俺が、この渋紙|船長《おやじ》の前に出ると、出るたんびに妙に顔負けしてしまう。いつもこうしてペラペラと安っぽく喋舌《しゃべ》らせられるから妙なんだ。しかも忠告する気で云っている話が、ツイお伽話《とぎばなし》か何ぞのようにフワフワと浮付《うわつ》いてしまう。圧《お》しの利かない事|夥《おびただ》しい。
「何も御幣《ごへい》を担ぐんじゃありませんがね。そんな篦棒《べらぼう》な話が在《あ》るかって反対もしてみたんですがね。今まであの小僧が乗った船が一艘残らず沈んだの
前へ
次へ
全53ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング