わして、泥棒猫でも逐《お》い出すようにして桟橋へたたき出してしまった。そこで小僧はエムプレス・チャイナの給仕服《ユニフォーム》のまま生命辛々《いのちからがら》の手提籠《バスケット》一個《ひとつ》を抱えて税関の石垣の上でワイワイ泣いているのを、チャイナ号の向い合わせに繋留《かか》っていたアラスカ丸の船長……貴下《あなた》が発見《みつけ》て拾い上げた……チャイナ号へ面当《つらあて》みたいに小僧の頭を撫《な》でて、慰め慰め拾い上げて行った……という話なんです。現在、陸上《おか》では酒場《のみや》でも税関でも海員《ふね》の奴等《やつら》が寄ると触《さわ》るとその噂《うわさ》ばっかりで持切《もちき》ってますぜ。アラスカ丸の船長《おやじ》はそんな曰《いわ》く因縁、故事来歴附の小僧だって事を、知って拾ったんだか……どうだかってんでね。非道《ひど》い奴はアラスカ丸が日本に着くまでに沈むか、沈まないかって賭《かけ》をしている奴なんか居るんですぜ」
 俺は元来デリケートに出来た人間じゃない。君等《きみら》みたいな高等常識を持った記者諸君に「海上の迷信」なんて鹿爪《しかつめ》らしい、学者振った話なんか出来る
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