が事実だったら、今度沈むのも事実に違いない。乗組員全体の生命《いのち》にも拘《かか》わる話だ。何もあの小僧が居なけあ船が出ねえって理窟《りくつ》もあるめえし……お前《めえ》んとこの船長《おやじ》がいくら変者《かわりもの》だってそんな無鉄砲な酔狂をして乗組員《のりくみ》を腐らせるような馬鹿《ばか》でもあんめえ。あの小僧の曰《いわ》く因縁、故事来歴を知らねえから平気で雇ったに違《ちげ》えねえんだ。悪い事《こた》あ云わねえから早く船長《おやじ》に話して、あの小僧を降してもらいな。多人数《おおぜい》の云う事《こた》あ聴いとくもんだ。あとで必定《きっと》後悔するもんだから……てな事を皆《みんな》して色々云うもんですからね……ハハハ……」
 船長の表情は依然として動かない。渋紙色の仮面《マスク》が、頭の上の青空に凍り付いたように動かない。無表情もここまで来ると少々|精神異状者《きちがい》じみて来る。俺は思い切りブツカルように云った。
「今の中《うち》に降しちゃったらどうです」
 船長の左の眼の下にピクピクと皺《しわ》が寄った。同時に片目を半分ほど細くして、唇の片隅を上の方へ歪《ゆが》めた。これがこ
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