兼公は居ねえかア……」

「おおおオ――……」
 と隅ッコの暗い寝台棚《かいこだな》から、寝ぼけたらしい声がした。
「誰だあ……」
「おれだあ……」
「おお。地獄の親方さんか。これあどうも……」
「済まねえが一寸《ちょっと》、顔を貸してくれい」
「ウワアア。とうとう見付かったかね」
「シッ……」
 と眼顔で制しながら兼公を水夫食堂へ誘い込んだ。天井の綱にブラ下りながら兼に金口煙草《きんぐち》を一本|呉《く》れた。兼はしきりに頭を掻《か》いた。
「どうも横浜《はま》じゃ、警察が怖《こ》わーがしたからね。つい秘密《ないしょ》にしちゃったんで……」
「石炭《すみ》運びの途中で殺《や》ったんか」
「図星《ずぼし》なんで……ヘエ。もっとも最初《はじめ》から殺《や》る気じゃなかったんで、みんながあの小僧は女だ女だって云いましたからね。仕事にかからせる前にチョット調べて見る気であすこに引っぱり込んだんで……ヘエ……」
「馬鹿野郎……そんで女だったのか」
「それがわからねえんで……あすこへ捻《ね》じ伏せて洋服を引んめくりにかかったら恐ろしく暴れやがってね」
「当前《あたりまえ》だあ……それからどうした
前へ 次へ
全53ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング