迷信に囚《とら》われて、スッカリ震え上がらせられてしまった。乗組員の眼付《めつき》は皆《みんな》オドオドと震えていた。
 ……船が動かない……S・O・S小僧の祟《たた》りだ……。
 晴れ渡った青い青い空、澄み渡った太陽。静かな、切れるような冷《つ》めたい風の中で、碧玉《へきぎょく》のような大濤《おおなみ》に揺られながらの海難……。
 ……行けども行けども涯《は》てしのない海難……S・O・Sの無電を打つ理由もない海難……理由のわからない……前代未聞の海難……。
「サアサア。みんな文句云うところアねえ、在りったけの石炭《すみ》を悉皆《みんな》、汽鑵《かま》にブチ込むんだ。それで足りなけあ船底《ダンブロ》の木綿の巻荷《ロール》をブチ込むんだ。それでも足りなけあ俺から先に汽鑵《かま》の中へ匍《は》い込むんだ。ハハハ。サアサア。みんな石炭《すみ》運びだ石炭《すみ》運びだ……」
 事実石炭は最早《もう》、残りがイクラも無かったのだ。横浜《はま》で積込《つみこ》んだ時の苦労を逆に繰返して、飛んでもない遠方から掘り出すようにしいしい、機関室へ拾い集めるのであったが、その作業を初めると間もなく、残炭《の
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