で船長に云った。船長が他所事《よそごと》のようにネービー・カットの煙を吹いた。
「ムフムフ。変ったにしたところが、一時間十八|節《ノット》の船を押し流すような海流が、地球表面上に発生し得《う》る理由はないてや」
 と飽くまでも科学者らしく嘯《うそぶ》いた。俺もエンチャントレスに火を付けながら首肯《うなず》いた。
「とにかく俺のせいじゃないよ。石炭はたしかに減っているんだからな」
 一等運転手《チーフメート》も眼を白くしてコックリと首肯《うなず》いた。同時に一層青白くなりながら白い唇を動かした。
「……何か……あの小僧の持物でも……船に……残っているんじゃ……ないでしょうか」
 船長は片目をつむって、唇を歪《ゆが》めて冷笑した。しかし一等運転手は真顔《まがお》になって、真剣に腰を屈《かが》めながら、船長室内のそこ、ここを覗《のぞ》きまわり初めた。おしまいには船長と俺が腰をかけている寝台《ねだい》までも抱え上げて覗いたが、寝台の下には独逸《ドイツ》や仏蘭西《フランス》の科学雑誌が一パイに詰まっているキリであった。ボーイのスリッパさえ発見出来なかった。
 とうとう船全体が、動かす事の出来ない
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