小僧を乗せたせいじゃないかな。チョットでも……」
と一等運転手がヨロケながら独言《ひとりごと》のように云った。蒼白《あおじろ》い、剛《こ》わばった顔をして……俺は強く咳払《せきばら》いをした。
「エヘン。そうかも知れねえ。しかし最早《もう》船には居ねえ筈だからな」
船長は何も云わなかった。苦い苦い顔をしたまま十八倍の双眼鏡を聖《セント》エリアスに向けた。
三人はそのまま気拙《きまず》い思いをして別れたが、それから第三日目の朝になっても、依然としてフェア・ウェザーとセント・エリアスが真正面に見えた時には、流石《さすが》の俺も、ジイイーンと痺《しび》れ上るような不思議を、脳髄の中心に感じた。同時に何ともいえない神秘的な気持になって、胸がドキドキした事を告白する。自分の魂が、船体と一所に、どうにもならない不可思議な力にガッシリと掴《つか》まれているような気がしたからだ。
石のように固《こわ》ばった俺と、一等運転手《チーフメート》と、船長の顔がモウ一度、船長室でブツカリ合った。
「ここいらを北上する暖流の速力が変ったっていう報告はまだ聞きませんよ」
運転手が裁判の被告みたような口調
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