……キイッ……キイッ……キシキシキシキシと鳴るのを聞いていると、それだけの水圧を勘定に入れた、材料強弱《ストレングス・オブ・マテリヤルス》の公式一点張りで出来上っている船体だとわかり切っていても決していい心持ちはしない。そのうちにヤット波の絶頂まで登り詰めてホットしたと思う束の間に、又もスクリュウを一シキリ空転さして、潮煙《しおけむり》を捲立《まきた》てながら、文字通り千仭《せんじん》の谷底へ真逆落しだ。これを一日のうちに何千回か何万回か繰返すと、機関室の寝床《ベッド》にジッと寝転んでいても、ヘトヘトに疲れて来る。
「オイオイ。機関長か……」
船長室から電話がかかる。
「僕です。何か用ですか」
「ウン。もっとスピードが出せまいか」
「出せますが、何故《なぜ》ですか」
「船がチットも進まんチウて一等運転手《チーフメート》が訴えて来《き》おるんだ」
「今十六|節《ノット》出ているんですがね。義勇艦隊のスピードですぜ」
「馬鹿。出せと云ったら出せ」
「ドレ位ですか」
「十八ばっか出しちくれい」
「最大限《フル》ですね」
「ウン。石炭《すみ》は在るかな」
「まだ在ります。全速力《フル》で四五
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