だ。望遠鏡で覗《のぞ》いてもチットも霞《かす》んで見えない。山腹を這《は》う蟻《あり》まで見えやしまいかと思うくらいハッキリと岩の角々が太陽に輝いている……と思う間に、その大山脈の絶頂から真逆落《まっさかおと》しに七千噸の巨体が黒煙《くろけむり》を棚引《たなび》かせて辷《すべ》り落ちる。スキーの感じとソックリだね。高い高い波の横っ腹に引き残して来る推進器《スクリュウ》の泡をジイッと振り返っていると、七千噸の船体が千噸ぐらいにしか感じられなくなって来る。
 ……と思ううちに、やがて谷底へ落ち付いた一|刹那《せつな》、次の波の横っ腹に艦首《トップ》を突込んでドンイイインと七噸から十噸ぐらいの波に艦首《トップ》の甲板《デッキ》をタタキ付けられる。グーンと沈んで甲板をザアザアザアと洗われながら次の大山脈のドテッ腹へ潜《もぐ》り込む。何《なん》しろ船脚《ふなあし》がギッシリと重いのだから一度、大きな波《やつ》にたたかれると容易に浮き上らない。船室《ケビン》という船室《ケビン》の窓が、青い、水族館みたいな波の底の光線に鎖《とざ》されたまま、堅板《パーテカル》や、内竜骨《キールソン》が、水圧でもって
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