船を包む霧は益々《ますます》深く暗くなって来た。
 モウ横浜を出てから十六日目だから、大圏コースで三千|哩《マイル》近くは来ている。ソロソロ舵《かじ》をE・S・Eに取らなければ……とか何とか船長と運転手が話し合っているが、俺はどうも、そんなに進んでいるような気がしなかった。しかもその割りに石炭の減りようが烈《はげ》しいように思った。これは要するに俺の腹加減で永年の経験から来た微妙な感じに過ぎないのだが、それでも用心のために警笛を吹く度数を半分から三分の一に減らしてもらった。同時に一時間八|浬《ノット》の経済速度《エコノミカルスピード》の半運転を、モウ一つ半分に落したものだから、七千|噸《トン》の巨体が蟻《あり》の匍《は》うようにしか進まなかった。
「オイ。どこいらだろうな」
「そうさなあ。どこいらかなあ」
 といったような会話がよく甲板の隅々で聞こえた。むろん片手を伸ばすと指の先がボーッと見える位ヒドイ霧だから話している奴の正体はわからない。
「汽笛《ふえ》を鳴らすと矢鱈《やたら》にモノスゴイが、鳴らさないと又ヤタラに淋《さび》しいもんだなあ」
「アリュウシャン群島に近いだろうな
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