山《きんかざん》沖の燈台を離れると、北海名物の霧がグングン深くなって行く。汽笛を矢鱈《やたら》に吹くので汽鑵《きかん》の圧力計《ゲージ》がナカナカ上らない。速力も半減で、能率の不経済な事|夥《おびただ》しい。
一等運転手と船長と、俺とが、食堂でウイスキー入りの紅茶を飲みながらコンナ話をした。
「今度は霧が早く来たようだね」
「すぐ近くに氷山がプカプカやっているんじゃねえかな。霧が恐ろしく濃いようだが……」
「そういえば少し寒過《さむす》ぎるようだ。コンナ時にはウイスキー紅茶に限るて……」
「紅茶で思い出したがアノS・O・Sの伊那一郎は船長が降《おろ》したんですか」
船長は木像のように表情を剛《こわ》ばらせた。無言のまま頭を軽く左右に振った。
「おかしいな。横浜以来姿が見えませんぜ」
「ムフムフ。何も云やせん。あの時、君に貸してやった切りだ」
「ジョジョ冗談じゃない。僕に責任なんか無いですよ。デッキの兼に渡した切り知りませんが、貴方も見ていたでしょう」
「殺《や》ったんじゃねえかな……兼が」
と云ううちに一等運転手《チーフメート》が自分でサッと青い顔になった。
「……まさか。本人も
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