》が引受けるんだ。この兼《かね》が受合《うけお》うたら、指一本|指《さ》さしゃしねえかんな。……云う事を聴かねえとコレだぞ」
 兼は横に在った露西亜《ロシア》製の大スコップを引寄せた。そうして手を合わせて拝んでいる少年を片手で宙に吊《つる》した。小雨《こさめ》の中で金モール服がキリキリと廻転した。
「致します致します。何でも致します。……すぐに……すぐに船から下して下さい。殺さないで下さい」
「知ってやがったか。ワハハハハハハハ」
 兼は大口を開《あ》いて笑いながら私たちを見まわした。船長も二等運転手も、多分俺の顔も石のように剛《こわ》ばっていた。あんまり兼の笑い顔が恐ろしかったので……額《ひたい》の向疵《むこうきず》までが左右に開《ひら》いて笑ったように見えたので……。
「……サ柔順《おとな》しく働らけ。誰も手前《てめえ》の事なんか云ってる奴は居ねえんだからな。ハハハ」
 小雨の中に肩をすぼめて艙口《ハッチ》を降りて行く伊那少年の背後《うしろ》姿は、世にもイジラシイ憐《あわ》れなものであった。
 そうして俺達はソレッキリ伊那少年の姿を見なかったのだ。
 犬吠埼《いぬぼうさき》から金華
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