畜生《ちくしょう》。死《くた》ばるんなら手際よくクタバレ」
 といった調子である。残酷なようであるが、限られた人数《にんず》で限られた時間に仕事をしなければ、機関長の沽券《こけん》にかかわるんだから止《や》むを得ない。所謂《いわゆる》、近代文明って奴の裡面《りめん》には到る処にこうした恐ろしい地獄が転がっているんだ。勿論、俺自身が、その中からタタキ上げて来たんだから部下に文句は云わさないがね……。
 その俺が横浜桟橋のショボショボ雨の中に突立って、積込《つみこ》む石炭を一々検査していると汗と炭粉で菜葉服《なっぱふく》を真黒にした二等機関士《セカンド》のチャプリン髭《ひげ》が、喘《あえ》ぎ喘ぎ駈け降りて来て「トテモ手が足りません。何とかして下さい」と云うんだ。
「馬鹿。そう右から左へ人が雇えるか」
 と一喝《いっかつ》すると「それでもデッキの方で誰か一人でもいいんですから」と泣きそうな顔をする。
「馬鹿ッ。デッキの方だって相当忙がしいんだ。殴られるぞ」
「……でも船長室のボーイが遊んでいます」
「あんな奴が何の役に立つんだ」
「……でも、みんなそう云っているんです。この際、紅茶のお盆なん
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