か持ってブラブラしている奴はタタキ殺しちまえって……」
「君から船長にそう云い給え」
「ドウモ……そいつが苦手なんで」
「よし。俺が云ってやろう」
 忙がしいのでイライラしていた俺は、二等運転手《チャプリン》の話が五月蠅《うるさ》かったんだろう。そのまま一気にタラップを馳上《かけあが》って、船長室に飛込んだ。船長は相も変らず渋紙色の無表情な顔をして、湯気の立つ紅茶を啜《すす》っていた。傍の鉛張《なまりば》りの実験台の上で、問題の伊那少年が銀のナイフでホットケーキを切っていた。
 俺は菜葉服のポケットに両手を突込んだまま小僧の無邪気な、ういういしい横顔をジロリと見た。
「この小僧を借してくれませんか」
 伊那少年の横顔からサッと血の気が失《う》せた。魘《おび》えたように眼を丸くして俺と船長の顔を見比《みくら》べた。ホットケーキを切りかけた白い指が、ワナワナと震えた。……船長も内心|愕然《ぎょっ》としたらしい。飲みさしの紅茶を静かに下に置いた。すぐに云った。
「どうするんだ」
「石炭《すみ》運びの手が足りないって云うんです。みんなブツブツ云っているらしいんです……済みませんが……」
「臨時
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