の生き地獄と云っても形容が足りないだろう。この船の料理部屋の背後《うしろ》の空隙なんかへ行く連中は、ドン底の水槽《タンク》の鉄蓋《てつぶた》まで突き抜けた鉄骨の隙間《すきま》に、一枚の板を渡して在る。左右の壁には火のような蒸気《スチーム》の鉄管《パイプ》が一面にぬたくっているので、通り抜けただけでも呼吸《いき》が詰まって眼がまわる上に、手でも足でも触れたら最後|大火傷《おおやけど》だ。そこに濛々《もうもう》と渦巻く熱気と、石炭の粉の中に、臨時に吊《つる》した二百|燭光《しょく》の電球のカーボンだけが、赤い糸か何ぞのようにチラチラとしか見えていない。そこを二三度も石炭籠《すみかご》を担いで往復してから急に上甲板《じょうかんぱん》の冷《つ》めたい空気に触れると、眼がクラクラして、足がよろめいて、鬼のような荒くれ男が他愛なくブッ倒《た》おれるんだ。ところがブッ倒《た》おれたと見ると直ぐに、兄イ連《れん》が舷側《ふなばた》に引《ひき》ずり出して頭から潮水《しおみず》のホースを引っかけて、尻ペタを大きなスコップでバチンバチンとブン殴るんだから、息のある奴なら大抵驚いて立ち上る。
「見やがれ。コン
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