十四時間以内の出帆《しゅっぱん》という事になったので、その忙がしさといったら話にならない。おまけに横浜市内の道路工事の影響《おかげ》とかで、臨時人夫《エキストラ》が間に合わないと来たので、機関部の石炭《すみ》運びなんかは、文字通りの地獄状態に陥ってしまったものだ。
 それも一口に地獄と云っただけじゃ局外者《しろうと》にはわからないだろう。普通の客船《メイルボート》は別であるが、外国通いの気の利いた荷物船《カーゴボート》になればなるほど、荷物をウンと詰め込まれる。人間の通れる……荷役の出来る処ならばどこでも構わない。空隙《すきま》のあらん限り押し込んでしまうので、石炭を積む処は炭庫《すみぐら》以外に殆《ほと》んど無いと云っていい。そこへ今度のアラスカまわりみたいな難航路になると必要以上の石炭を積んでおかないとドンナ海難にぶつかって、どこへ流されるかわからないので、楕円形の船の胴体と、四角い部屋部屋が交錯して作っているあらゆる狭い、人間の通れないような歪《ゆが》み曲った空隙《くうげき》に石炭をギッシリと詰め込まなければならない。その作業の危険さと骨の折れる事といったら、それこそこの世《よ》
前へ 次へ
全53ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング