たいな桃色の、悩ましげな微笑を一つニッコリとして見せたもんだ。
 俺はゾッとしてしまったよ。……まったく……魔物らしい妖気が、小僧の背後《うしろ》の暗闇《くらやみ》から襲いかかって来たように思ったもんだよ。
 俺は紅茶もバナナも良《い》い加減にして故郷の地獄……機関室へ帰って来た。今にも「オホホホ」と笑い出しそうな人形じみた小僧の、変態的な愛嬌顔《あいきょうづら》と向い合っているよりも、機関室の連中の真黒な、猛獣|面《づら》と睨《にら》み合っている方が、ドレ位気が楽だか知れないと思って……。

 ところが機関室に帰ってみると船員の伊那少年に対する憎しみが……否《いな》、恐怖が、予想外に酷《ひど》いのに驚いた。船長《おやじ》が是非ともあの小僧を乗組ませると云うんならこっちでも量見がある……というので大変な鼻息だ。水夫《デッキ》連中は沖へ出次第に小僧を餌にして鱶《ふか》を釣ると云っているそうだし、機関室の連中は汽鑵《ボイラ》に突込《つっこ》んで石炭の足しにするんだと云ってフウフウ云っている。海員なんてものはコンナ事になると妙に調子付いて面白半分にドンナ無茶でも遣《や》りかねないから困るがね
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