実験室に引返《ひきかえ》すという変りようだからトテモ吾々《われわれ》凡俗には寄付《よりつ》けない。恐ろしく小面倒な動力の計算書なんかを一週間がかりで書き上げて甲板《デッキ》に持って行くと、「アリガトウ」と云って、見る片端《かたはし》から一枚一枚海の風に飛ばしてしまう。……ナアニ、タッタ一目でみんな頭に入れちゃうんだ。ズット後《のち》になって船体検査なんかが来ると自分で機械の側へ立って、何百という数字を暗記《そら》でペラペラ並べるんだから、計算した本人が舌を捲《ま》いちまう。……そうかと思うと独逸《ドイツ》の潜航艇やエムデンの出現時間と、場所をギッシリ書き入れた海図を睨《にら》んで「モウわかった。彼奴等《きゃつら》の根拠地と、通信網と、速力がわかった」と云うとその海図をクシャクシャにして海へ飛ばす。それから毛唐《けとう》の嫌う金曜日金曜日に汽笛を鳴らして、到る処の港々を震駭《しんがい》させながら出帆《しゅっぱん》する、倫敦《ロンドン》から一気に新嘉坡《シンガポール》まで、大手を振って帰って来る位の離れ業《わざ》は平気の平左なんだから、到底|吾々《われわれ》のアタマでは計り知る事の出来ない
前へ 次へ
全53ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング