丸くして顔を見合わせた。
 腹を抱えて笑い出した。
「よかったわね、ホホホホ」
「アハハハ。ああ助かった。奴さん気まりが悪かったんだぜ」
「それよりも早く二階へ行って御覧なさいよ。何かなくなってやしないこと……」
 松石君の古いカンカン帽が、その日から新しくなった。昨夜の親友が間違えて行ってくれたものだったという話。

 同じ社友で、国原三五郎というのがいる。これに準社友の芋倉長江画伯を取り合わせると古今の名コンビで、弥次喜多以上の悲惨事を到る処に演出する。
 大正何年であったか正月の三日に、国原がフロックコートで初出社をすると、左手の甲に仰山らしく繃帯をしている。見ると夥しく黒血がニジンで乾干《ひからび》付いている。トテモ痛そうである。
「どうしたんだい。正月|※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》……」
 と聞いてみると国原は、酒腫れに腫れた赤黒い入道顔を撫でまわした。
「ウン。昨日社長の処で一杯飲んで帰りがけに、芋倉長江が嬉しいと言ってここに喰い付きやがったんだ。俺を西洋の貴婦人と間違えてキッスするのかと思っていたら、飛び上る程痛くなったから大腰で投げ飛ばして遣
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