ゆうべ》、貴方が親友親友って言って連れて来て、二階でお酒をお飲みになったじゃないの。そうして仲よく抱き合ってお寝みになったじゃないの」
「馬鹿言え。俺あ今朝初めて見たんだ」
細君は青くなってしまった。
「まったく御存じないの」
「ウン。全く……」
そんな問答をしているうちに、松石君はやっと昨夜の事を思い出したので、思わず頭を掻いて赤面したと言う。
「困るわねえ。貴方にも……まだ寝ているんでしょう」
「ウン。眼をウッスリと半分開いて、気持よさそうに口をアングリしていやがる」
「気色の悪い。早く起してお遣んなさいよ。モウ十時ですよ」
「イヤ。俺が起しに行っちゃ工合が悪い。お前、起して来い」
「嫌ですよ。馬鹿馬鹿しい」
「でもあいつが起きなきゃあ、俺が二階へ上る事が出来ない。洋服も煙草も二階へ置いて来ちゃったんだ」
「困るわねえ」
「弱ったなア」
そのうちに二階の男が起きたらしくゴトゴトと物音がし始めた。
……と思ううちに突然、百雷の落ちるような音を立てて、一気に梯子段を駈け降りた。玄関で自分の靴に足を突込むと、バタバタと往来へ走り出て、いずこともなく消え失せて行った。
夫婦は眼を
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