れた事でないが、今日の如く表面的に、当り前であるかのように露骨になった事はまだ聞かぬようである。
 東京又は東京付近に居る上流の婦人、殊に未亡人たちの或る要求を満たす機関は、男のそれと同時に昔から東京にあった。役者、蔭間《かげま》、力士、その他の芸人、占者《うらない》、祈祷師、絵草紙、薬種、化粧品の行商人等の中にこの種の商売人が居たのであるが、今ではずっとこの範囲が広まっている。

     色魔的商売人

 上流の婦人を相手とする色魔的商売人は様々の仮面を持っている。
 音楽や茶の湯、生花の師匠に怪しいのが少くない。近頃では、美容術師やマッサージなぞいうのが盛に上流の家庭に出入りして、婦人を直接間接に誘惑するそうである。
 又、何々光線、又は気合術、呼吸法なぞいう新治療の出張応需式なのも逐次増加の傾向である。甚だしきに至っては、仏教や基督《キリスト》教の牧師、又は家庭教師と称するもので、怪しい商売をするものが殖えたと聴いた。
 こんな商売は、遊芸や何かの師匠と違って、素人でも割合い手に入り易いと同時に、上流の家庭に出入りするのにも都合がいい。逆に云えば、上流の家庭から電話や何かで自由に呼び出しが利く便利がある。又、その家庭の秘密を掴む上にも好都合なので、扨《さて》こそかように流行するのだと云う。
 このような色魔式商売の中で、最も斬新奇抜と思われるのは保険会社の勧誘員である。

     最新式の色魔業

 このような保険会社員は、眼星をつけた夫人や未亡人に時間を見計らって電話をかけて、面会の許諾を得る。次に堂々たる男振りと、立派な保険会社の名刺を振りまわして面会に来て、加入の許諾を得る。勿論、この間《かん》には何回も断られたり、追い返されたりするのであるが、そこを根よく押して行くと、相手の方が次第に動いて来る。そこで加入? をすすめて、金を払込ませて、受取を渡す……とは表面で、金は本物、受取は偽ものである。しかも相手の夫人が承知の上だから恐ろしい。
 元来が保険会社の事だから、何回尋ねて来ても不審を持たれるようなことがすくない。未亡人は勿論の事、夫ある婦人でも、旦那の留守勝ちな場合なぞは殊に便利である。そうして関係を続けようとやめようと自由自在で、保険会社員として他の処で面会したり……今一歩進んで、相手の婦人の法律顧問になったりする事も可能である。
 只、この間
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