《かん》最も警戒しなくてはならぬ事は、その名乗りをあげた保険会社に電話をかけられぬように注意を払う事、云い換ゆれば、未亡人にたしかに渡る時以外に取次に名刺を渡さぬ事だそうな。
因《ちなみ》にこの行き方は震災前からもあったので、震災後、それが本当の商売化したまでの事である。又、日本で新発明の商売でなく舶来の古物(日本では新しい)である事は、その筋の役人でなくとも、少し外国の事情に通じている人々は容易に認めるところだそうである。
未亡人の下宿屋
上流(すなわち金持ち)婦人の秘密は、まだいくらもある。何々夫人、又は何々未亡人の手芸研究所通いの中には随分怪しいのが多い。非道《ひど》いヒステリーの夫人や未亡人が、妙な神様や気合術なぞに凝り固まって音《おと》なしくなったなぞいう例がいくらもある。
中には、嫌がる亭主を無理に連れ出して、相手の技術者に紹介をする。こうして信用を得た上で、その技術者を自宅に引っぱり込むという式は、こうした婦人連の紋切型の手段である。
尚《なお》このほかに、金のある未亡人に特に多く行われている方法で、震災後急に殖えたのは素人下宿である。
これは一つには、震災当時の状況がこうした要求に満ち満ちていたためでもあろうが、しかし、それを機会に未亡人たちが新しい自己満足の途を求めた事が疑われぬ。
それはいいが、今では、この素人下宿の女主人が商売人なのか、又は下宿人が商売人なのかわからぬ程度まで、お互に進化しているらしい。うっかり素人下宿に泊って非道《ひど》い眼に会った学生、又はうっかり腰弁さんを下宿さして散々な眼に会った未亡人なぞがいくらもある。「下宿代を払わないので困る」とか、「下宿人が出て行かないので困る」とかいう法律相談や人事相談の裏面には、よくこうした事情が含まれている。
東京に行く学生諸君、又は故郷から仕送る父兄達なぞ、心しても心すべき事である。
若い燕を求むる心
話がすこし固くなるが、日本婦人の教育程度の向上は、すべての意味で喜ぶべき事である。現在では、この教育程度向上のお蔭で、黒人《くろうと》上がりでない限り、日本の上流婦人は女学校卒業程度以上の学力あるものと限られているようである。最近の分では、賢母良妻主義|凋落《ちょうらく》以後の教育を受けた若い婦人が沢山にある。そのような女性の最も多く進出する処は、
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