に買いに行かなくてもいいので、暫くそこいらで様子を見た上で、こんな物を売る店はありませんと云って帰って来ても、旦那は格別残念そうな顔をしないのが多いそうである。
 彼等はこれを「煙草買い」と名づけて、特別収入の一つに数えている。
 又、或る秘密フイルム周旋業者は、電車の中で記者にこんな話をした。

     変態性欲用具

 彼等の秘密映写は、いつも当り前の上流人の家庭ばかりで行われるのではない。堂々たる帝都の大通りに並んだ、金看板の事務室の裏二階や地下室等でも行われる。そのような処で彼等は、最近、奇妙な事実を発見し出した。
 初め、鞭《むち》、拍車、鞍《くら》、手綱なぞいう乗馬用具を見た時は、格別怪しいと思わなかった。
 毛皮や短銃《ピストル》、短剣なぞを発見した時も同様であった。
 支那や朝鮮にあるという手枷《てかせ》、足枷があるのは、一種の標本かとも思えた。
 只それだけであったが、その後度々こうした処に招かれているうちに、これらの器具の不思議な働きがわかった。
 秘密フイルム映写の場合は、一方の壁やカアテンがスクリーンに応用されるので、器械貸の場合でない限り、映写技師は別室から小さな穴を通じて映写せねばならぬ。無論、内部でどんな人間が、どんな態度で見物しているかわからないように出来ている。
 ところがそうなると、いよいよのぞきたいのは人情である。遂に彼等の中には、いろんな工夫をして、中をのぞきながら映写する方法に成功するものが出来た。
 その実見談は、遺憾ながらここに書く事が出来ぬ。只、前に述べた不思議な道具の使用法が如何に深刻なものであるかを、彼等はあらかた知る事が出来たと云うに止めておく。
 勿論、この話は彼等の話の要点だけであって、作り話や針小棒大と思われるところは皆|削《けず》った。
 信ぜられぬと云う人は、信ぜられぬ方がいいかも知れぬ。

     上流婦人の堕落

 他所《よそ》では知らぬ。
 東京の女道楽に飽きた男は、次第にこうした変態性欲に落ちて行く。平凡な春画の他に、血を流す美少年、猛獣に喰われる美女なぞの絵を愛好する。そのような幻想に近い実感を得ようとあせっている。
 東京人の堕落は、こうして爛熟期が糜爛期に入って行く。
 上流婦人の堕落は、更にこの傾向を助けている。
 所謂紳士淑女の裡面が如何に醜いものであるかという事は、今に初めて知ら
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