くは金力者は、混沌たるバラック都市の裡面に遺憾なく魔力を揮っている。それ程左様に新東京ではイージーに女が得られるのである。
震災は大地からあらゆる女の塵《ごみ》をたたき出したらしい。
その結果、上流人士の女道楽が次第に進んで来て、変態性欲にまで高潮して来た。安くて手軽なバラック建築の流行は、一層こうした傾向を助けた。毒々しい刺戟の強いバラック式の装飾は、こうした趣味の背景となるのに最もふさわしいのである。
たとえば……と云い出すと、これ又無限にある。
小事務所の秘密
彼等上流人士が、東京市内到る処に建てている小事務所や、市街の各方面に建てている小住宅には、こうした趣味の享楽物が多い。
表の方の事務室、又は応接室らしい処には暗い電燈……裏手の方には白昼を欺く光線を洩らしている家が数限りなく発見される。そんな家は、写真屋その他の特殊の工場でない限り、又は宿直の者が電流を盗用しているのでない限り、何かの秘密を含んだ家である。殊に表に何々事務所と書いてある以上、怪しいと思わぬわけに行かぬと、或る刑事は語った。
このような見すぼらしい事務所から、眼の醒めるような美人が現われて、ピカピカした自動車に乗って去る光景を、近頃の東京人はあまり怪しまなくなった。これも震災の御蔭であろう。
又近頃、東京には自動車が殖えると同時に、運転手も殖えた。彼等がその乗せた主人の行く先を決して口外せぬという事は、その運転手たる資格の中で最も大切な一つである。しかし彼等の仲間同志には、この秘密が輪に輪をかけて発表されている。
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彼等自動車運転手連の話に依ると、震災後の東京には、彼等の所謂私設待合が到る処に殖えた。その待合では、普通の待合でも出来ない事が行われる。あんな事がある、こんな事があると、彼等は眼を丸くして語る。その中の一つとして、ここに書く事が出来る話がないのは遺憾である。只、彼等上流人士の最高? 道楽である賭博と性的遊戯……麻酔と昂奮のあらゆる方面に、最近に於て支那式と西洋臭味が加味されて来た事が、運転手の話に依って推察されると云い得るだけである。
尚、彼等の話に依ると、私設待合には特別なのがある。彼等は、夜半、美人と弗旦《ドルだん》らしいのを乗せる光栄を有した場合に、郊外の人跡|稀《まれ》な処でよく買い物に遣られる。これは真面目
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