面的にやっている。その他、出入りの理髪師、その他の商人で極めて裏面的にやっているものは数限りない。大きいところでは旧式の政治家、又は所謂政商なぞにも、商売上この手腕を振う者がいくらでもある。彼等はあらゆる手段で、あらゆる方面に「玉」を探している。
彼等が今度の震災のドサクサを機会に、どれだけ沢山の「玉」を探し出したかは想像に余りある。
しかし、こうした職業的、又は半職業的な周旋人にかかると、いい食い物にされる上に、あとがウルサイ。のみならず愉しみも薄い。そこでもっと秘密な、もっと巧妙な、そうして新しい味をしめようと種々に苦心をする。
象潟《きさかた》署保安係の某氏は記者にこんな事を云った。
「この頃、上流の堂々たる人が私に『珍らしい女は居ないか』とよく尋ねられます。私は熊本県人ですが、どうもそんな方面には暗いので、いつも返事に困ります」
と。記者がもし外国にこうした実例のある事を聴いていなかったならば、どんなに驚いた事であろうか。
彼等上流人士は、自分の財産や権力の魔力を自惚《うぬぼ》れた結果、神聖な警官を女衒と間違えるようになった。幸いにして吾熊本県人某君はこの誘惑にかかっていなかった。御蔭でこのような証拠を記者に掴ましてくれた。記者は満腔の敬意と謝意とを表しないわけに行かぬ。
しかし、東京市中のすべての警官が果してこの誘惑から免れているであろうか。彼《か》の震災に続く大騒動と新警官の採用は、却《かえっ》てこのような誘惑に乗ぜられる機会を作りはしなかったろうか。
記者はその実際を見ている。
しかし判断は読者の自由に任せる。
不良老年の辣腕
かように東京の風紀頽廃の原因を煎じ詰めると、
「不良老年が悪い」
という事になる。不良老年とは所謂成功者、又は伝統的の有力者で、つまり上流社会に於ける相当の年輩の人々である。
今度東京で知り合いになった司法官や教育家――と云うと大層立派であるが実は刑事や学校教員――でこの事を口にせぬものは無い。殊に刑事や巡査は、平生、彼等上流社会から抵抗すべからざる圧迫を受けているので、この実情をよく知っていると同時にその怨みも深い。
「震災後、私等は下層社会の堕落よりも、上流社会の堕落を余計に見せ付けられるようです。社会主義はこんなところから起るのかも知れませんね」
とさえ云う。
事実、彼等権力者、もし
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