説は十八世紀の末葉、仏蘭西《フランス》は巴里《パリ》に居住する有閑婦人が、当時の社交界に横行するスパイ連中の秘密戦術に興味を駆られて、閑潰《ひまつぶ》しに創作し初めたものに萌芽しているという。だから出来るだけ筋を入組ませて、出来るだけ読者の閑暇を潰せるように競争して書いたのが初まりだという説明を聞くと、成る程、そんなものかと思えない事もない。
 しかし、それから後、探偵小説が代を重ねて発達して来たのであろう。筋の極めて簡単明瞭なものでもゾッとさせられたり、アッと云わせられたりするものが出て来た。トリックらしいトリックが一つもなくとも、探偵小説は成立するようになって来たから、必ずしも探偵小説、即謎々とは云い切れなくなって来た訳である。すくなくとも吾々が所謂《いわゆる》探偵小説なるものの中に感じ得る魅力の中には謎々以外の沢山のものがある事は否定出来ない。
 何度読んでも面白い探偵小説だの、最初から犯人を明示して在る探偵小説を、探偵小説でないと断言するのは少々乱暴ではあるまいか……。

 或る人は探偵小説を一つの精神的な瀉血《しゃけつ》だと説明している。
 吾々がこの血も涙も無い資本万能の、
前へ 次へ
全9ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング