探偵小説なるものは探偵小説の原始的な型を伝統している純粋種である。今から百年か二百年か前に流行していた、あらゆる種類の文芸の中から進化し生れた、より新しい、より深い、より痛い文芸である。一切の芸術の伝統精神と形式から離脱して、人間の心理を今一層深く、アケスケに抉《えぐ》り付け、分析し、劇薬化、毒薬化し、更に進んで原子化し、電子化までして行くために生れた芸術界の鬼ッ子である。芸術の守護神を冒涜する事を専門とする反逆芸術である。昔の芸術は、衣裳美の歎美を以て能事終れりとした。それが更に進んでその衣裳を剥《は》ぎ取った肉体美の鑑賞を事とする近代芸術にまで進化した。それが更に進んで、その肉体を切開き、臓腑を引出し、骸骨を漂白し、血液から糞尿まで分析して、その怪奇美、醜悪美に戦慄しようとするところにこの探偵小説の使命が生まれた。
 今までの芸術は望遠鏡か、写真機か、又は顕微鏡のレンズでしかなかった。単に焦点を作るのが、その使命であった。
 これに反して探偵小説の使命は三稜鏡で旧式芸術で焦点作られた太陽の白光を冒涜し、嘲笑し、分析して七色にして見せる尖端芸術である。従来の心理[#「心理」に傍点]描
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