たのであった。
 それ以来母親はまた、不思議に家《うち》に居つくようになった。朝のお化粧もやめてしまったが、その代りに夕方になると急にソワソワし出して、お湯に行ったり、おめかしをしたりして、まだ明るいうちに夕飯を仕舞うと、女中とチエ子を追い立てるようにして寝かした。そうして、チエ子が一度でも朝寝をすると、その晩から丸薬を一粒|宛《ずつ》殖《ふ》やしたので、一と月と経たないうちに、粒の数が最初の時の倍程になった。
 チエ子は一日一日と瘠せ細って、顔色がわるくなって来た。

       四

 そのうちに、あくる年の二月の末になって、チエ子の父親が、長い航海から帰って来たが、玄関に駈け出して来たチエ子を見ると、ビックリして眼を瞭《みは》った。
「どうしてこんなになったのか」
 と、短気らしく大きな腕を組んで、あとから出て来た母親にきいた。しかし母親がまじめな顔をして、何か二言三言《ふたことみこと》云いわけをすると、間もなく納得したらしく、組んでいた腕をほどいて元気よくうなずきながら、靴をスポンスポンと脱いだ。
 それから褞袍《どてら》に着かえて、チエ子と並んで夕飯のお膳について、何本もお
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