》の壁だの、おうちの台所の天井だの、お向家《むかい》の御門の板だの、梅の木の枝だの、木の葉の影法師だのをヨ――ク見ていると、いろんな人の顔に見えて来てよ。きょうお母様に見せていただいた活動のわるい王様でも、綺麗なお姉さまの顔でも、キットどこかにあってよ。明日《あした》になったら、あたしキット……アラ……お母さまチョット……あそこに……」
と云いさしてチエ子は又急に母親の手を引き止めた。
「……ホラ……あの電信柱の上に、小さな星がいくつも……ネ……ネ……いつもよくうちにいらっしゃる保険会社のオジサマの顔よ……お母様と仲よしの……ネ……」
母親はギックリしたように立ち竦《すく》んだ。下唇をジイと噛んでチエ子の顔を見下した。わなわなとふるえる白い指先で、鬢《びん》のほつれを撫《な》で上げながら、おそろしそうにソロソロと、そこいらを見まわしていたが、何と思ったか突然《だしぬけ》に、邪慳《じゃけん》にチエ子の手を振り離して小走りに駈け出した。
「アレ……おかあさまア……待って……」
とチエ子も駈け出したが、石ころに躓《つまず》いてバッタリと倒おれた。その間《ま》に母親は大急ぎで横町へ外《そ
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