云いつつチエ子は、小さな指をさし上げて、高い高い女学校の屋根の上を指《ゆびさ》した。
 母親はゾッとしたらしく、思わず引いている手に力を入れて叱りつけた。
「何です。そんな馬鹿らしいこと……」
「イイエ……おかあさん……あれはおとうさまのお顔よ。ネ……ホラ……お眼々があって、お鼻があって……お口も……ネ……ネ……ソウシテお帽子も……」
「……マア……気味のわるい……。お父様はお船に乗って西洋へ行っていらっしゃるのです。サ……早く行きましょう」
「デモ……アレ……あんなによく肖《に》ててよ……ホラ……お眼々のところの星が一番よく光っててよ」
 母親はだまって、チエ子の手をグングン引いてあるき出した。チエ子も一緒にチョコチョコ駈け出したが、暫くすると又、不意に口を利き出した。
「おかあさま……」
「……何ですか……」
「アノネ……おうちのお茶の間の壁が、こないだの地震の時に割れているでショ……ネ……ギザギザになって……あそこにどこかのオジサマやオバサマの顔があってよ。大きいのや小さいのや、いくつも並んで……ソウシテネ……ソウシテネ……また方々にいくつも人の顔があってよ。お隣りのお土蔵《くら
前へ 次へ
全14ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング