目と右手だけ残っている奴でも戦線に並べなくちゃならん。ええですか。ことに今度のヴェルダン総攻撃は……まだいつ始まるかハッキリしないようですが……西部戦線、最後の荒療治ですからなあ。死んだ奴は魂だけでも塹壕に逐《お》い返す覚悟でいないと間に合いませんぞ……ええですか……ハハハ……」
その時も私は妙に気持が重苦しくなって、胴震いが出て、吐気を催したものであったが……。
そうしてイヨイヨ総攻撃が始まった。
昨日までクローム色に晴れ渡っていた西の方の地平線が、一面に紅茶色の土煙に蔽われていることが、夜の明けるに連《つ》れてわかって来た。その下からふんだんに匐《は》い上って来るブルンブルンブルンブルンという重苦しい、根強い、羽ばたきじみた地響を聞いていると、地球全体が一個の、巨大な甲虫に変化しているような感じがした。それに連れて西の空の紅茶色の雲が、見る見る中《うち》に分厚く、高層に、濃厚になって行くのであった。
その紅茶色の雲の中から併列して迸《ほとばし》る仏軍の砲火の光りが太陽色にパッパッパッと飜って見える。空気と大地とが競争でその震動を、われわれの靴の底革の下へ、あとからあとから
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