しか総攻撃の始まる前日のことであった。私たちの居るキャムプまで巡視に来た衛生隊司令官のワルデルゼイ軍医大佐は、例の鬚《ひげ》だらけの獰猛な赤面を妙な恰好に笑い歪《ゆが》めながらコンナ予告をした。
「……クラデル博士。ちょっとこっちへ来て下さい。僕がコンナ話をした事は秘密にしておいてもらいたいですがね……ほかでもないですがね。大変に失礼な事を云うようじゃが、伯林《ベルリン》に居られる時のような巧妙親切を極めた、君一流の手腕は、戦場では不必要と考えてもらいたい事です。こんな事を云うたら非常な不愉快を感じられるかも知れないが、それが戦場の慣わしと思って枉《ま》げて承服して頂きたいものです。その理由は遠からずわかるじゃろうが、イヨイヨとなったら、ほかの処の負傷はともかくも両脚の残っとる奴は構わんからドシドシ前線に送り返してもらわなくちゃ駄目ですなあ。戦線特有の神経障害で腰の抜けた奴は、手鍬《てくわ》か何かで容赦なく尻ベタをぶん殴ってみるんですなあ。それでも立たん奴は暫く氷った土の中へ放っておくことです。それ以上の念を入れる隙《ひま》があったら、他の負傷者を手当てする事です。時と場合に依っては片
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