ている中《うち》に私は何となく横腹がブルブルと震え出して来た。否々決して寒さのためではなかった。五百|米《メートル》ばかり隔たった中央の大天幕の中に居る衛生隊司令官のワルデルゼイ軍医大佐の処へ挨拶に行って巨大な原油ストーブの傍に立ちながらもこのブルブルが続いていた。のみならずその司令官の六尺豊かの巨躯と、鬚《ひげ》だらけの獰猛《どうもう》な赤面《あかづら》を仰ぎながら、厳格、森儼を極めた新任の訓示を聞いている中《うち》にも、そのブルブルが一層烈しくなって、胸がムカムカして吐きそうな気持ちになって来たのには頗《すこぶ》る閉口したものであったが、これは多分私が、戦地特有の神経病に早くも囚われかけていたせいであったろう。実際ソンナ一時的の神経障害が在り得ることを前以て知っていなければ、私はあの時にマラリヤと虎列剌《コレラ》が一所に来たと思って狼狽《ろうばい》したかも知れないのであった。
しかしイザとなると私は、やはり神経障害的ではあったが、案外な勇気を振い起すことが出来た。零下十何度の殺人的寒気の中に汗がニジム程の元気さで腕一パイに立働く事が出来た。
その二月の何日であったか忘れたが、た
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