光線の工合《ぐあい》であったかも知れない。そのままガチャリガチャリと洋刀を鳴らしながら軍医大佐は、向い合っている二列の中間に出て行った。
 不平そうに頬を膨《ふく》らしているケンメリヒ中尉と、ホッとした私とが、その背後から跟《つ》いて行った。
 十|米突《メートル》ばかりを隔てて向い合った二列の中央に来ると軍医大佐は、又も二つ三つ揚がった光弾の光りを背に受けながら、毅然として一同を見まわした。
 同じように不動の姿勢を執っている負傷兵たちの頬には皆、涙が流れていた。その涙が光弾のゆらめきを蒼白くテラテラと反射していた。
 しかしその中にタッタ一人、列の最後尾に立っている候補生の美しい横顔だけは濡れていなかった。……のみならず何かしらニコニコと不思議な微笑を浮かめて真正面を凝視しているのが、さながらに天国の栄光を仰いでいる使徒のように神々《こうごう》しく見えた。
 けれども大佐は候補生の微笑に気付かなかったらしい。今度はハッキリした軽い冷笑を片頬に浮かめながら今一度、一同を見廻わした。
「何だ。皆泣いているのか。馬鹿共が……何故早く拭わぬか。凍傷になるではないか……休めい……」
 負傷兵
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