タアタアタアタッ」
月光に濡れた工兵中尉の剣光がビィヨンビィヨンと空間に撓《しな》った。
「……ナ……何を吐《ぬ》かす。卑怯者……売国奴……」
「アツツツツツ。アタッ。アタッ、待って……待って下さい。皆も……皆も私と同じ気持です。同じ気持です。どうぞ……どうぞこの場はお許し……お許しを……アタッ……アタッ……アタアタアタッ……ヒイ――ッ……」
可哀そうに軍曹は熱狂したケンメリヒ中尉の軍刀の鞭の下に気絶してしまった。私は衝動的に走り寄つて、メントール酒の瓶を軍曹の唇に近附けたが、瓶は空《から》っぽ[#「瓶は空《から》っぽ」は底本では「瓶に空《から》ぽ」]になっている事に気附いたので憮然として立上った。
その時にワルデルゼイ軍医大佐は、なおも懸命に軍刀を揮いかけているケンメリヒ中尉を遮《さえぎ》り止めた。
「……待ち給え。待ち給え。ケンメリヒ君……皆がこの軍曹の云う通りの気持なら、ここで犬死にさせるのも考え物ですから……」
そう云った軍医大佐の片頬には、何かしら……冷笑らしいものが浮かんでいるように思ったが……しかしそれは極度に神経を緊張させていた私の錯覚か、又は仄青《ほのあお》い
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