たちが一斉に頭を下げてススリ泣きを初めた。各自に帽子や服の袖《そで》で、頬を拭いまわし初めると、今まで緊張し切っていた場面の空気が急に和《な》ごやかになって来た。
 ケンメリヒ中尉が背後の工兵隊を顧《かえりみ》て号令を下した。まだイクラか不満な声で……。
「立てえ銃……休めえ」
「気を附け……」
 と大佐が負傷兵たちに号令した。右翼の兵卒が二名出て来て、気絶している軍曹を抱え起して行った。
「皆わかったか」
「……わかりました……」
 と全員が揃って答えた。生き返ったような昂奮した声であった。
 大佐も幾分調子に乗ったらしい。釣込まれるように両肱を張り、両脚を踏み拡げて、演説の身構えになった。
「……よろしい……大いによろしい……現在の独逸は、数百カラットの宝石よりも、汝等に与える一発の弾丸の方が、はるかに勿体《もったい》ない位、大切な場合である。同様に汝等の生命が半分でも、四分の一残っていても構わない、ヴェルダンの要塞にブッ付けなければならないのが我儕《われわれ》、軍医の職務である……わかったか……」
「わかりました」
 大佐の演説の身振りがだんだん大袈裟《おおげさ》になって来た。

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