し、掠奪しようとする。その怖ろしい戦争の無限の破壊力の中から、何でも構わない、美しい、楽しい、霊的なものの一片でも掴み止めようとしている少年の憐れな努力……溺れかけている魂が、海底へ持って行こうとしている小さな花束……それがまあ「醜い私の顔」である事にやっと気が付いた私はモウ、ドウしていいのか、わからなくなってしまった。
 しかし地平線の向うでダンダンと発狂に近付いて来るヴェルダン要塞の震動に、凝然と耳を傾けていた候補生は、間もなく頭を強く左右に振った。ヨロヨロと私から退き離れた。
「ああ。何もならぬ事を申しました。さあ参りましょう。軍医大佐殿が待っておられますから……疑われると不可《いけ》ませんから……」
 私はここでシッカリと候補生を抱き締めて、何とか慰めてやりたかった。昂奮の余りの超自然的な感情とはいえ、この零下何度の殺気に鎖《とざ》された時間と空間の中で、コンナに美しい、純な少年から、これ程までに信頼され、感謝された崇高な一瞬間を、私の一生涯の中《うち》でも唯一、最高の思い出として、モットモット深く、強く印象したかった。
 しかし候補生は何かしら気が急《せ》くらしく、早くも私の
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