を宿して、黒い土に消え込んだ。少年は神様に祈るような口調で云った。
「僕はモウジキ死にます。遅かれ早かれヴェルダンの土になります。……その前にタッタ一眼《ひとめ》先生のお顔を見て死にとう御座います。先生のお顔を記憶して地獄へ墜ちて行きとう御座います。ほかに御礼のし方がありませんから……モウ……太陽……月も……星も……妻の顔も見ないでいいです。そんなものは印象し過ぎる程、印象しておりますから。タッタ一眼……御親切な先生のお顔を……ああ……残念です……」
 私はモウすこしで混乱するところであった。
 死のマグネシューム光が照し出す荒涼たる黒土原……殺人器械の交響楽が刻み出す氷光の静寂の中に、あらゆる希望を奪い尽くされた少年が、タッタ一つ恩人の顔だけを見て死にたいと憧憬《あくが》れ願っている……その超自然的な感情が裏書きする戦争の暴風的破壊が……秒速数百|米突《メートル》の鉄と火の颶風《ぐふう》、旋風、※[#「飆」の「風」が左、第4水準2−92−41]風《ひょうふう》、颱風《たいふう》……その魘《おび》え切った霊魂のドン底に纔《わず》かに生き残っている人間らしい感情までも、脅やかし、吹き飛ば
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