うぞお願いします。クラデル先生。どうぞ僕を安心して、喜んで祖国のために死なして下さい。眼は見えませぬが敵の方向は音でもわかります。一発でもいいから本気で射撃さして下さい。独逸《ドイツ》軍人の本分を尽して死なして下さい」
 そう云う中《うち》にポーエル候補生は手探りで探り寄って来て、私の両肩にシッカリと両手をかけた。私の軍帽の庇《ひさし》を見下して、マジマジと探るように凝視していたが、イクラ凝視しても、何度眼をパチパチさしても私の顔を見る事が出来ないのが自烈度《じれった》いらしかった。
「……見えませぬ。……見えませぬ。神様のような貴方のお顔が見えませぬ……ああ……残念です……」
 私は思わず赤面させられた。私は自分の顔の怪奇《みにく》さを知っている。それはアンマリ立派な神様ではない……コンナ顔は見られない方がいい……と思った。
「ナアニ、今に見えるようになりますよ。失望なさらないように……」
 候補生は真黒く凍った両手で、私の鬚《ひげ》だらけの両頬をソッと抱え上げた。両眼をシッカリと閉じて頭低《うなだ》れた。その瞼《まぶた》から滴《したた》り落ちる新しい涙の一粒一粒が、光弾の銀色の光り
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