爵家の主婦の地位と、巨額の財産を奪い取るべく暗躍している者が随分多いのですから……」
私は思わず襟《えり》を正した。それは立佇《たちど》まっている中《うち》にヒシヒシと沁み迫まって来る寒気のせいではなかった。
見も知らぬ人間にこうした重大な物品を委托するポーエル・ハインリッヒ候補生の如何にもお坊ちゃんらしい純な、無鉄砲さに呆れ返りながらも、無言のままシッカリと油紙包みを受取った。
「……ありがとう御座います。ドウゾドウゾお願します……僕は……この悩みのために二度、戦線から脱走しかけました。そうして二度とも戦線に引戻されましたが、その三度目の逃亡の時に……今朝《けさ》です……ヴェルダンのX型|堡塁《ほうるい》前の第一線の後方二十|米突《メートル》の処の、夜明け前の暗黒《くらやみ》の中で、この腓《こむら》を上官から撃たれたのです……この包を妻に渡さない間は、僕は安心して死ねなかったのです」
「……………」
「……しかし……しかし貴方《あなた》はこの上もなく御親切な……神様のようなお方です。僕の言葉を無条件で真実と信じて下さる御方であるという事が、僕にチャントわかっています。……どうぞど
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