夜目にも白々とした苦しそうな呼吸を、大地にハアハアと吐き落しながら……。たまらなくなった私が、何がなしにその背後から追附いて、その右腕を捉えた。自分の肩に引っかけて力を添えてやったが、私の背丈が低すぎるので、あまり力にならないらしかった。
「……ありがとう……御座います。クラデル様……」
 候補生が大地に沁み入るような暗い、低い、痛々しい声で云った。白い水蒸気の息をホ――ッと月の光りの下に吐き棄てたがモウ泣いているらしかった。

       二

 私たちの行程は非常に困難であった。
 涯《はて》しもなく漫々たる黒土原と、数限りない砲弾の穴が作る氷と泥の陥穽《おとしあな》の連続。その上に縦横ムジンに投出されている白樺の鹿砦《ろくさい》。砲車の轅《ながえ》。根こそぎの叢《くさむら》の大塊。煉瓦塀の逆立《さかだ》ち。軍馬の屍体。そんな地獄じみた障害物が、鼠に噛じられたような棘々《とげとげ》しい下弦の月の光りと、照明弾と、砲火の閃光のために赤から青へ、青から紫へ、紫から黄色へ、やがて純白へと、寒い、冷めたい氷点下二十度前後の五色の反射を急速度に繰返しながら半|哩《マイル》ばかり続きに続いた
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