私と連れ立った候補生は、途中で苦痛のために二度ばかり失神して、あまり頑強でない私の身体《からだ》をグラグラと引摺り倒しかけたが、私が与えた薄荷火酒《メントールブランデー》でヤット気力を回復して、喘《あえ》ぎ喘ぎよろめき出した。お互いにワルデルゼイ大佐の命令の意味がわからないまま、月の出ている方向へ、息も絶え絶えの二人三脚を続けた。
 しかし二人とも大佐には追附き得なかった。大佐は途中で二度ばかり私を振返って、
「ソンナ奴は放っとき給え。早く来給え」
 と噛んで吐き出すような冷めたい語気で云ったが、私の頑固な態度を見て諦めたのであろう。そのままグングンと私たちから遠ざかって行った。そうした理屈のわからない残忍極まる大佐の態度を見ると、私はイヨイヨ確《しっか》りと候補生を抱え上げてやった。
 候補生はホントウに目が見えないらしかった。その眼の前の零下二十度近い空気を凝視している二重瞼《ふたえまぶた》と、青い、澄んだ瞳には何等の表情も動かなかった。ただその細長い、細い、女のような眉毛だけが、苦痛のためであろう。絶えずビクビク……ビクビク……と顫動《せんどう》しているだけであった。
 私
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